福田進一がワークショップでヨハン・セバスティアン・バッハの「チェロ組曲第1番」を演奏しています。
ギターができるまで
ルシアーとギタリスト
福田進一がワークショップでヨハン・セバスティアン・バッハの「チェロ組曲第1番」を演奏しています。
ドイツのスプルース森林
ギター作りは、まず木材選びから始まります。すべては森から始まる
ギター作りは、表板にスプルースやレッドシダー、裏板&横板にローズウッドなど、木材の選択から始まります。
私たちは、常に最高の木材を探し求めています。
世界中の木の板を、自ら見て、触って、匂いを嗅いで、聴いて、選びます。
木材のシーズニング
70年以上の歴史をもつ河野ギターのアトリエには、長期に渡り大切に保管された木材が多く眠っております。
当社の木材木の板は、10年から30年の期間、乾燥させています。実験用や特注品として保管しているボードの中には、50年以上前のものもあります。
日本の関東地方の気候は、夏は暑く湿気が非常に多く、冬は寒くて乾燥しています。空調管理をあえてせずに自然の気候に晒す事で、変化に耐えられない木は反ったり歪んだり割れたりしてしまいます。そのようにして粗悪材をはじき出し、気候変化の中でも狂いの少ない、環境変化に強い木材だけをギターに使います。
また、ネックのエボニー補強材を膠(ニカワ)で仕込んだ後や、水分が抜けにくい比重の大きい指板材など、要所における除湿には人工的に乾燥させた部屋で強制的な除湿を行います。
十分なシーズニングが終わった後は温湿度が厳密にコントロールされた室内でギターを作ってゆきます。音作りに関わる部分は木の接着には水を含んだニカワを使用する為、接着作業毎に水分を抜く乾燥期間を設けます。ネックのエボニー補強材など、水分の抜けにくい箇所は人工乾燥部屋を用意し、強制乾燥を行います。
少しずつ、木材の状態を安静させながら作る為、長期間のシーズニングが終わった後も、ギター製作開始からギター完成まで1年という長い製作期間がかかります。
安定材を選別する自然乾燥、要所における強制乾燥、安定した温湿度のアトリエの3種類の空調管理を上手く使いわける事で、故障しにくいギターの代表例として世界中に認知されるに至りました。
ニカワは獣類の骨・皮・腱などを水で煮た液を乾かし固めたて作った物質で、ヴァイオリンなどの木製の楽器には昔から現在まで変わらず使われている接着剤です。木材のエイジングとともに柔軟に変化してゆき、木材の振動を妨げないという性質をもっています。
木材シーズニング
サウンドボードにスプルースとレッドシダー。桜井正毅のブレーシング
アシンメトリーブレーシング。クラシックギターのブレーシング
ギターの音を作り出す表面板は通常、3mm以下に削られたの薄く柔らかい針葉樹から作られています。それに対しクラシックギターの6弦の合計張力は約40キロあるので、表面板を補強しないと弦の張力に負けて、歪んだり割れたりしてしまいます。
補強には、ブレーシング(力木)と呼ばれる軽い木のバーを表面板の見えない裏側に張ることで弦の張力に耐えるだけの強度を出しますが、このブレーシングをどのような配置で置き、どれくらいの厚みに削るかによって、ギターの音色を大きくコントロールする事ができます。強度と音色作り、一つで二重の役割をもつギターにとって最も重要な要素の一つと言えます。
ギターの低音弦は重量があり、指で弾いた時にエネルギーを与えやすい反面、高音弦は軽く、低音と比べると音が出にくいという弱点があり、多くのルシアーがその問題を解決する工夫をブレイシングによって試みてきました。
18世紀のギターのブレーシングは左右対称でしたが、19世紀には左右非対称のブレーシングが登場し、特にルネ・フランソワ・ラコット(1785-1855)はロゼッタ下に斜めの力木を追加しています。この非対称性により、高音弦側を短くすることが可能になるのです。 高音弦側の板の剛性が高まり、高音の豊かな鳴りが得られました。
その後、アントニオ・デ・トーレス(1817-1892)は、ギターの容積ボディサイズを大きくし、扇形の対称的なブレーシング(ファンブレーシング)を選択し、クラシックギターの設計に大きな影響を与えました。
20世紀初頭、サントス・エルナンデスは角度のついた力木を、エンリケ・ガルシア(1868-1922)は高音弦側に追加の力木を使用し、高音弦側4本、低音弦側3本という非対称のブレーシングが再び登場しました。
イグナシオ・フレタ(1897-1977)、ロベール・ブーシェ(1898-1986)、ダニエル・フレドリッシュ(1932-2020)など多くのルシアーが、対称型と非対称型の異なるブレーシングの実験を行っています。
ホセ・ラミレス3世、マヌエル・エルナンデス(1895-1975)、ビクトリアーノ・アグアド(1897-1982)は、低音弦は高音弦より重いので表板上での作用が大きいという考えから、高音弦ではなく低音弦にブレーシングを補強しています。
ロベール・ブーシェは、力木を斜めに追加したり、力木の数の違いではなく、低音弦側の力木の高さを低くことで、非対称性を生み出しています。
河野、桜井、君島のブレーシング
河野賢は1949年に工房を開き、当初から斜め、対称、非対称、ブリッジ下のブレーシングの有無など、新しいブレーシングシステムを試行錯誤していたが、初期の頃は左右対称形の力木を採用していました。
1967年のエリザベート国際ギター製作コンクールで金賞を受賞したのち、独自の音を追い求め力木の実験を加速させました。低弦側の響板をより柔軟にし、高音側を硬く設計する事で独自の洗練されたブレーシングシステムを生み出しました。新たなブレーシングの採用により、太く、音に奥行きを感じさせる低音クリアで伸びのある高音が奏でられるようにりました。
1980年代に入ると、河野自身の追い求める音に変化が生じました。駒を中心に、ブレーシングで四角く2重に囲い込むブレーシング、採用することで全体的に倍音が豊かになり、高音の音量が増し、低音はより奥行きと立体感を感じる音になりました。1998年に他界するまでこの力木を採用し続けました。現在のSAKURAI-KOHNOラインナップは、この頃の力木がベースに作られています。
河野賢没後、河野ギター製作所を継いだ 桜井正毅は、当初は河野賢のブレーシングをベースにしつつ、経験と勘を頼りに改良を行っておりましたが、2002年頃から、振動工学を研究していた芝浦工業大学の岡村宏教授と出会い、科学的アプローチを取り入れ共同研究を行う事でブレーシングを大きく変えていきました。表面板、数十か所にセンサーを取り付け、タッピングにより音の広がりを調べ、ギター振動の仕組みを解析しました。
結果、低音側のブレーシングを大きく減らす代わりに、駒の上下のブレーシングを端から端まで通すブレーシングが完成しました。これにより、全体的に倍音がより豊かになり、低音が音量を損ねず引き締まり、高音は音の粒立ちがよくなり、音量も豊かになりました。さらに、力木と力木の間の固定箇所に木片を張り、特定部分に重量を追加させる事により、振動し過ぎる箇所を抑え、全体的な音量バランスの向上、音色の均一化を目指しました。
MASAKI SAKURAIモデルには全てこのブレーシングシステムが採用されています。
君島聡は、河野ギターの経験の蓄積、桜井のブレーシング、振動理論を学びつつ、別の路線の音作りを目指しました。
表面板の周波数ごとの振動波形や、スペクトル成分分析などをベース知識とし、科学的アプローチから自身で思いつく限りの力木設計、駒の形状実験を繰り返しました。出来上がったギターに弦を張って音出しをしながら表面板や力木を削ってゆき、解体を繰り返す事で、表面板の厚み、力木の効果、駒の形状、弦の張力などが音に与えている影響などを一つずつ理解していきました。ギター50本ほど試作機による自由な実験を繰り返し、科学的知識と感性での音作りを頭の中で結びつける経験値を蓄積しました。
その結果、2019年頃に高音側の周辺部のみにラティスブレーシングのような形状を取り入れる事でギターの自然な音色、響きを損ねず弱点ともいえる高音の鳴りを改善した現在のブレーシングに行き着きました。さらに近年のテクニカルな速弾き奏法、高い演奏性に対応する為、レスポンスの早い設計をしています。こちらのブレイシングはモダンタイプとして位置付けており、主にレッドセダーのギターに採用しています。 また、木の組成への理解を深めることで、木の経年変化がいかに大きな物性変化をしているかを知り、シンプルな扇状のブレーシングの完成度の高さも同時に理解しました。ギタリストやギターショップ店員との意見交換の中で、よりシンプルで倍音を落としたブレーシング設計のクラシックタイプを作り出しました。クラシックタイプではレスポンス性能よりもサスティーンを重視した設計となっており、たっぷりと音色を楽しむ事ができます。主にスプルースの表面板のギターに採用しており、弾き手が時間と弾き混みによって成長させてゆく楽器として製作しています。
現在、どちらのタイプも音色は異なるものの好評を頂いており、半々くらいの割合でオーダーを頂いているが、好みに応じてレッドセダーのクラシックタイプや、スプルースのモダンタイプなども作ることができる。
塗装について
塗装は湿気などの環境変化からギターを守るだけでなく、音色を作る非常に大きな要素の一つです。無塗装の状態でのギターの音色は、木の音の荒々しい感じが音に入り込み、音楽表現において不向きな印象を受けます。逆に、厚い塗膜は木質感のある音が薄らぐ代わりに音に洗練されたツヤが与えられます。
弊社の従来の塗装方法はポリウレタンの下地で木の導管を埋め、非常に薄いウレタンの膜を作り、その上からカシューという塗料を薄く一回だけ吹き付ける方法をとります。基本的にスプレーガンを使った塗装ですが、特に気を遣っているポイントは薄い塗膜を作るという事です。導管埋めをしっかりやった上で、極薄のウレタンを3回塗り、スクレーパーとペーパーを使いウレタンを剥がしてゆきほとんど導管にしか残らない状態を作ります。さらにそれからウレタンを3回拭き、スクレーパーとペーパーによってウレタンの厚みを落とし、剥けるか剥けないかのギリギリまで薄い膜にします。最後はテクニックを必要とするカシューの一発拭きによって、薄い塗膜で覆い、ペーパーで徹底的に磨き完成します。安価なギターとの大きな差は塗膜を薄くするという塗装工程にどれだけ時間をかけているかという点にあります。
カシュー
Masaki Sakurai, Model Concert R
カシュー
カシューナッツの外郭から抽出した成分を元に作られた塗料で、漆と成分がよく似ており、漆のような透明なツヤと光沢をもつ為、人工漆とも言われている。
漆は水分に弱いのに対し、カシューは耐水性が非常に高い。また、対気候性や変性も非常に高い。ギターに使われるトップコートの中で特に柔らかいので、ガンによる塗装で塗膜を作っても音の振動を妨げずに音色にツヤを与える。また、粘性が非常に高く経年変化で木が動いてもクラックが起きる心配がない。
河野ギター製作所では1960年頃からカシューを使い始め、ギターの特性に合っているのと、目指したい音作りと一致した為、全てのラインナップでカシューを採用し続けています。
カシューナッツ(殻なし)
カシューの木の実
セラック
クラシックギターはスペインの伝統工芸が発祥であるゆえに、スペインの伝統的塗装法であるセラック塗装を至上とする意見が多く聞かれます。セラックはラックカイガラムシという虫の体液を精製して作られる塗料で、人類が最初に使い始めた塗料といわれています。
人体に無害で、なんとも言えない美しさをもつ反面、湿気に非常に弱く、人の汗と反応して曇ったり、溶けたりと何かと気を遣う塗料です。
ただ、フレンチポリッシュという薄塗りの手法により非常に薄い塗膜を作る事ができ、セラックのフレンチポリッシュにしかだせない音の魅力があるのも事実です。
お客様からよく頂くお声で、河野・桜井ギターでセラック塗装お願いできますか と聞かれる事が多々ありますが、河野・桜井ギターは柔らかなカシュー塗装を想定して力木をやや固く組んでいることもあり、セラック塗装を行うと全体の音色が硬くなりすぎてしまいます。 塗装がギターの音に与える影響は非常に大きいので製作家それぞれの音作りにあった塗装の選択があるべきだと考えます。君島ギターのLUNA、SOLモデルにおいては、硬めの塗装も考慮した力木設計にしている為、セラック塗装、ラッカー塗装、カシュー塗装の中から自由に選択する事ができます。
セラック
クラシックギター用セラック新たな試み
君島聡はギターの構造、特性を見直し、新たな発想でのギター作りに挑戦しています。
生涯のパートナーとして愛し続けられる楽器を目標とし、オリジナリティと耐久性の向上させる独自の工夫を取り入れ新たな時代に向けたギターを作りに取り組んでいます。
※下記の工夫は現在のところ、君島ラインナップの一部のモデルのみに取り入れております。
SOLモデルをご覧ください...
ロゼッタの制作
ロゼッタとは、ギターのサウンドボードにある円形の開口部の周囲に施された装飾物のことです。
ギターのヘッドと同じように、ロゼッタもルシアー1人ひとりが、サインのように個性を発揮するパーツです。
非常に品質のよいロゼッタ製作会社がありますが、君島SOLモデルにおいては、より複雑な組み合わせと一つ一つの個性を実現する為にロゼッタの手作りにチャレンジをしています。
着色を使わず、木が本来持っている自然の色味を大切にし、木口ではなく、木端を使うように組む事で木一つ一つの魅力を最大限に発揮するようなデザインになっています。
世界の銘木36種類を集め、それらを自由に組み合わせる事で、落ち着いた雰囲気のロゼッタから華やかなロゼッタ、思い入れのある木などを、好みに合わせてカスタマイズすることができ、世界に一つしかないデザインをカスタマイズする事が可能です。
左から順に、ホーリィウッド、ホワイトアッシュ、ハードメープル、ユーカリ、クリ、メンピサン、サテン、ビーチ、オリーブ、ホワイトオーク、山桜、セドロ、ブラックチェリー、オパンコール、ハワイアンコア、モンキーポッド、パロサント、ブラックウォルナット、ジリコテ、ホンジュラスマホガニー、チーク、ブビンガ、キューバンマホガニー、スネークウッド、パドック、サティーネ、紅木、ココボロ、キングウッド、グラナディロ、ブラジリアンローズウッド、インディアンローズウッド、マダガスカルローズウッド、カタロックス、カリマンタンエボニー、アフリカンエボニー。
ペオネス埋込式
伝統的なクラシックギター製作に、表板と横板の接着でペオネスと呼ばれる三角形に切られた小さな木片を膠(ニカワ)という伝統的な接着剤をつけて置いてゆく方法があります。板に過度なストレスを与えない利点と表面板の振動端がフレキシブルに動くという利点があり豊かな深い鳴りが得られます。
ただし、ペオネスは通常横板のカーブに合わせて一つ一つ作られているわけではなく、膠(ニカワ)が湿気や温度によって変質する性質がある為、後天的に剥がれが起きやすい問題を抱えています。
君島LUNA、SOLモデルは、この欠点をカバーする為に2重に張られた内側の横板の上にペオネスを埋め込むように置いてゆく事で、表面板の振動に対し垂直方向に耐える土台足を作り、長期間の経年変化に耐える構造を考えました。(河野ギター製作所のその他のモデルにおいては、ペオネス式ではなくライニング式を採用しているので、十分な接着強度は確保されています)。
構造の見直しによりエネルギーのロスを抑え、豊かな深い鳴りが得られます。さらに横板が二重になる事で音を前に遠くへ届ける効果も相乗され、コンサートホールなどの広い空間も十分に鳴らせる性能が実現できます。
駒穴の補強
ギターは長く使っていると、駒の弦穴が広がってきてしまいます。駒穴が広がるとサドルに乗る弦の角度が変わり、設計通りの音色が出なくなったり、音にノイズが入ってしまう場合があります。
君島LUNA、SOLモデルでは駒に骨板をはめ込む事で強度を確保し、弦穴の広がりを抑える工夫をしています。
ネック反りのコントロール
通常、クラシックギターのネックにはトラスロッドを入れる風習がありません。ギターの音色に大きく作用し、クラシックギターらしい音から離れてしまうからです。しかし、木は一つ一つ個体差があり、ギターが管理される環境も使用者によって異なるのでネックの反りの状態が変わってきてしまいます。
正しいネックのカーブを後から作る方法はいくつかありますが、その一つにネックに熱をかけて木に正しいカーブの癖をつけるホットアイロン方式があります。ホットアイロン方式は小さなカーブの補正は上手くいきますが、大きな反りに対しては対応しきれない場合があります。君島LUNA、SOLモデルではネックの中に密度の小さいシナのツキ板にニカワを染みこませ、コクタンで挟み込んだ積層板を作り、これをネックの中に埋め込みます。この積層板は、熱で溶けて冷める固まるニカワの習性を利用しているので、ホットアイロン方式によるネックカーブがより効きやすくなります。
※効果の確認はされているものの熱だけで100%完全にネックの状態をコントロールするのは困難です。場合によってはフレットの打ち替えや指板を削るなどの処置が必要になるケースもあります。
まっすぐな板のコクタンと、積層板では、同様の条件で曲げ実験を行った時に、積層板の方が2~3倍の曲がりを維持する結果がでています。